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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)9870号・平11年(ワ)5553号 判決

主文

一  被告(反訴原告)Aは、原告(反訴被告)三林昭仁に対し、金六六万円及びこれに対する平成一〇年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)Aは、原告三林弘昭に対し、金一二万円及びこれに対する平成一〇年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告(反訴原告)Aに対するその余の請求、被告学校法人X学園及び被告Cに対する請求並びに被告(反訴原告)Aの反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告(反訴原告)Aとの間においては(原告三林昭仁と被告(反訴原告)Aとの間では本訴反訴を通じて)、被告(反訴原告)Aに生じた費用の三分の二を原告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告らとその余の被告らとの間においては、全部原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴事件

被告らは、原告三林昭仁(反訴被告。以下「原告昭仁」という。)に対し、連帯して金四五〇万円、原告三林弘昭(以下「原告弘昭」という。)に対し、連帯して金三五八万八七五八円及びこれらに対する平成一〇年八月九日(履行期後)から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  反訴事件

原告昭仁は、被告A(反訴原告。以下「被告A」という。)に対し、金三五〇万円及びこれに対する平成一一年六月八日(反訴状送達日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件本訴請求は、被告学校法人X学園(以下「被告学園」という。)が設置し、経営するY高等学校(以下「本件高校」という。)の野球部(以下「本件野球部」という。)に所属していた原告昭仁及びその父である原告弘昭が、原告昭仁が本件野球部において、被告Aを含む上級生の野球部員から暴行を受けたり、使い走り等の雑用の命令を受けるなど、いわゆる「いじめ」を受けたことにより、精神疾患に陥り本件学校を退学することとなったと主張して、被告Aに対しては、右いじめ行為を行ったことを理由として不法行為に基づき、被告学園及び被告学園の教師で本件野球部の監督であった被告C(以下「被告C」という。)に対しては、保護監督義務違反又は安全配慮義務違反を理由として債務不履行(原告昭仁の被告学園に対する請求に限る。)又は不法行為(七〇九条、七一五条)に基づき、損害賠償を請求(遅延損害金の請求を含む。)している事案である。

本件反訴請求は、被告Aが原告昭仁に対し、原告らが本訴請求において主張する被告Aの原告昭仁に対する加害行為は存在せず、同原告による本訴請求は、虚偽の主張に基づく不当訴訟であると主張して、不法行為に基づき損害賠償を請求(遅延損害金の請求を含む。)している事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 原告昭仁は、昭和五六年一月一四日生まれであり、平成八年三月、橋本市立起見北中学を卒業し、同年四月、本件高校の体育科に推薦入学し、同時に野球部に入部した。

原告弘昭は、原告昭仁の父親である。

(二) 被告Aは、平成七年四月、本件高校に入学し、同時に野球部に入部した者で、原告昭仁の一年先輩の野球部員であった。

(三) 被告学園は、教育基本法及び私立学校法に基づき学校教育を行うことを目的とする法人であり、本件高校を設置し、経営している。

被告Cは、被告学園に雇傭された教師であり、平成七年八月から平成一〇年三月まで、本件野球部の監督として、生徒を指導していた。被告Cは、現在、被告学園の設置するX高校において、野球部のコーチを務めている。

(四) 北野孝次(以下「北野」という。)、羽賀大輔(以下「羽賀」という。)、土井康平(以下「土井」という。)及び野端昭宏(以下「野端」という。)は、いずれも、平成八年四月に本件高校に入学した生徒であり、原告昭仁と同期の野球部員であった。

水山祐一(以下「水山」という。)、池本喜裕(以下「池本」という。)及び岡本崇(以下「岡本」という。)は、平成七年四月に本件高校に入学した生徒であり、原告昭仁の一年先輩の野球部員であった。

2  本件高校には、普通科、体育科及び国際科が設置されている。原告昭仁の所属していた体育科においては、一般科目とともに、専門科目としてカリキュラムに専門体育が組み込まれており、全員いずれかの運動部に所属し、全国大会出場を目標に、自己の専門とする競技力の向上に努めることとされている。体育科内部での運動部の移動は可能であるが、体育科から普通科への移動は原則としてできない。

3  本件野球部は、平成一〇年度全国高等学校野球選手権大会(いわゆる夏の甲子園大会)和歌山県予選において準決勝に進出するという成績を収め、甲子園出場という高いレベルの成績達成を目標としている。

4  被告Aの本件野球部におけるポジションはピッチャーであり、原告昭仁及び北野のポジションはファーストであった。

5(一)  被告Aは、平成八年六月ころ、羽賀に対し、五、六発蹴りつけるという暴行を加えた。

(二)  被告Aは、平成八年九月ころ、野端に対し、数発蹴りつけるなどの暴行を加え、肋骨にひびが入るという傷害を負わせた。

6  池本は、平成八年九月一一日、土井に対し、胸部や腹部を数回足蹴にするという暴行を加えた。(甲五九、土井)

7(一)  被告Cは、平成八年九月ころ、野球部の一年生と二年生をグラウンドに集めて、二年生の一年生に対する暴行の事実の有無を確認した。その際、野端及び羽賀が被告Aから暴行を受けた事実、北野が他の二年生から暴行を受けた事実を、それぞれ申告した。そこで、被告Cは、暴行を加えた二年生と一年生を、野球部全員の前で握手させた。

(二)  被告Cは、平成八年一〇月ころ、寮の食堂の炊事担当者から、原告昭仁が上級生から食器の片づけを命じられていることを告げられ、原告昭仁に対し、事実関係を確かめるとともに、二年生に対して、今後、食器の後片づけは自分で行うように注意した。

(三)  被告Cは、原告が平成九年一月ころから学校を休みがちとなったので、原告方を家庭訪問して、原告昭仁と面談して、登校を促した。

8  原告昭仁は、精神的に不安定となり、平成八年一一月一日、大阪労災病院の内科で受診し、同年一二月二〇日から平成九年六月まで、同病院の神経科で受診し、同年七月から平成一〇年一月ころまで大阪府立中宮病院で受診した。原告昭仁は、平成九年一〇月二〇日、大阪府立中宮病院において、不安神経症との診断を受けた。

9  原告昭仁は、平成九年一月ころから不登校となり、同年一〇月三一日をもって、本件高校を退学した。

二  争点

1  被告Aの違法な加害行為(いじめ行為)の有無

2  被告学園及び被告Cの保護監督義務違反ないし安全配慮義務違反の有無

3  原告らの損害等

4  原告昭仁の本訴訴え提起の違法性

5  被告Aの損害

三  当事者の主張

1  争点1(被告Aの違法な加害行為(いじめ行為)の有無)について

(原告らの主張)

原告昭仁が本件野球部に在学当時、本件野球部においては、練習中やその前後に上級生(二年生)による下級生(一年生)へのいじめ、暴行、嫌がらせが頻繁に行われていた。そして、原告昭仁は、被告A及びその他の上級生の野球部員から、次の暴行及び雑用を命じるなどの嫌がらせを受けた。

(一) 原告昭仁は、平成八年六月ころ、当時二年生であった西村から、昼休みに更衣室に呼ばれ、練習中の態度が悪いと注意を受けるとともに、顔面を殴るなどの暴行を加えられていたところ、更にその途中から、被告Aにより、濡れたモップを顔や腹に押しつけられるという暴行を受けた。

(二) 原告昭仁は、同年七月ころ、当時本件野球部の三年生であった小田のためにピッチングマシンを操作していた際、右小田への返事の仕方が悪かったとして、その日の昼頃、被告Aから呼び出され、ピッチング練習用のビニールテント内で腹を四、五回、殴打され、足蹴にされるなどの暴行を受けた。その後、被告Aは、他人の目につくことから、原告昭仁をグラウンドの裏に連れて行き、原告昭仁を正座させた上で、さらに、顔面を七、八回殴打し、胸部を三、四回足蹴にするという暴行を加えた。

(三) 原告昭仁は、同年一〇月ころ、水山のためにバッティングピッチャーをしていた際、同原告のコントロールが悪かったことに腹を立てた水山から、バッターボックスに立たされ、同原告の頭部や背中を目掛けて、ボールを投げつけられるという暴行を受けた。

(四) 原告昭仁は、被告Aを含む二年生の野球部員から、練習中や練習後に嫌味を言われたり、「野球部を辞めろ。」などと罵倒された。

(五) 本件野球部では、一年生が通常一か月の交代制で練習後にグラウンドに残っているボールを片づける役目を負っていたところ、原告昭仁が右の当番であったときに、グラウンドにボールが残っていたことを理由に、同年八月から一一月までの四か月間、右当番を強制された。

(六) 原告昭仁は、平成八年五月上旬ころからほぼ毎日、被告Aやその他の二年生から、授業の休憩時間や練習終了後などに、カップラーメン、パン、ジュースなどを買いに行くこと、食堂での昼食後の後片づけ(食器の返還等)、スパイク、グローブなどを磨くことなどの、様々な雑用を強要された。

(被告らの主張)

以下のとおり、被告Aが原告昭仁に対して、いじめ行為はもとより、違法な加害行為と評価される行為を加えたという事実は存せず、原告らの主張は理由がない。

(一) 被告Aは、右原告ら主張の暴力行為を行ったことはない。被告Aは、本件野球部において、暴力行為を行ったのは、前記一5記載の野端及び羽賀に対しての二回のみであり、それ以外に暴力行為を行ったことはない。

(二) 本件野球部において、練習中に怠慢なプレーがなされたりした場合に、上級生が下級生に対して、怒鳴ったり、「やる気がないなら辞めてしまえ」という趣旨の発言をしたことはあり、被告Aも原告昭仁に対し右の趣旨の発言をしたことはあるが、これは、無意味に罵倒しているのではなく、その場の雰囲気を引き締めるためになされるものであり、誰もが右趣旨を理解して練習に臨んでいたものであって、何ら違法なものではない。

(三) 右原告ら主張の食堂の後片づけの件については、食器を片づけるところが混雑するために、まとめて片づける方が便宜であることから、じゃんけんで決めたり、時には二年生が一年生に後片づけを頼んでいたもので、あくまでも、任意に行われていたものであって、決して無理強いなどはしていないし、原告昭仁に集中してこれを強要していた事実もない。また、被告Aは、原告昭仁に対し、パンやジュースの買い物を頼んだことは何回かあったが、それほど頻繁ではなく、事のついでに頼むという程度に過ぎなかった。したがって、右の行為も何ら違法といえるものではない。

2  争点2(被告学園及び被告Cの保護監督義務違反ないし安全配慮義務違反の有無)について

(原告らの主張)

本件野球部においては、二年生から一年生に対する執拗な暴力等のいじめ行為が蔓延していたが、被告C自身、自ら野球部の練習中に野球部員に対して、暴力を振るうなどしており、右指導方法がかかるいじめ行為を助長させていたものである。

そして、被告Cとしては、平成八年九月に二年生の暴力行為が発覚した時点で、その実態を調査し、原因を究明するとともに、効果的な指導をし、さらに、その後の野球部員の動静を把握すべきであったものの、被告Cのとった行為は、いずれも表面的なものに過ぎず、十分な対応とはいえなかった。

したがって、被告Cは、保護監督義務に違反したものとして不法行為責任を負い、被告学園は、その使用者責任を負う。また、被告学園は、在学契約に基づき、生徒に対して安全配慮義務を負い、その履行補助者である被告Cの安全配慮義務違反につき、債務不履行責任を負う。

(被告C及び被告学園の主張)

(一) 被告Cは、平成八年九月、土井から池本による暴行の事実について報告を受け、その数日後、野球部の二年生と一年生から別々に事情聴取し、一年生に対し、土井以外に二年生から暴行を受けた者がいないかどうか確かめ、暴行を加えた二年生に注意を与えた上、暴行を加えた二年生と暴行を加えられた一年生を握手させて、今後の関係の修復を促すとともに、被告Aを含め暴行を加えた二年生に反省文を書かせた上、その者に対し、一か月間ユニフォームの着用及び秋の公式戦への出場を禁止するという厳重な処分を与えた。

そして、被告Cは、同年一〇月、食堂の職員から、原告昭仁が上級生から昼食の後片づけをさせられている旨の報告を受けた翌日、野球部の二年生及び三年生全員を集合させ、自分で後片づけをするように注意した。さらに、被告Cは、原告昭仁から事情を聞くとともに、今後同様のことがあれば報告するように申し向け、食堂の職員に対しても、今後、同様のことがあれば報告するように要請した。

また、被告Cは、原告昭仁が不登校がちとなった際、原告方を訪問し、不登校の理由を尋ねて、登校を促した。その他、被告Cは、キャプテン、マネージャー、野球部長と定期的にミーティングを行い、野球部内の動静を把握することに努めていた。

(二) 被告Cは、右のとおりの監督、指導を行っていたところ、原告昭仁は、被告Cからの事情聴取に対して、暴行や雑用の強要等の事実を否定しており、右ミーティング等によっても、野球部においていじめ行為がなされているとの報告がなく、その兆候を認識することはできなかったものであって、被告Cは、同被告が当時認識し得た範囲内で、時々に応じた適切な対応、指導を行った。

したがって、被告Cに保護監督義務違反はないし、被告学園にも安全配慮義務違反はない。

3  争点3(原告らの損害等)について

(原告らの主張)

(一) 原告弘昭について

(1)  病院治療費 一四万一六六二円

原告昭仁は、被告Aらの暴行ないし嫌がらせにより、精神疾患(ノイローゼ状態)に陥り、右治療のため、通院を余儀なくされた。右治療費は、合計一四万一六六二円である。

(2)  付添費用 七六万円

原告昭仁は、右治療につき、一人で通院することができず、常に原告弘昭が自動車で送迎しなければならなかったところ、同原告は、右付添のため、不動産管理の仕事を行えなかった。したがって、右付添費は、一日当たり二万円とするのが相当であり、これによる損害の総額は、二万円×三八日=七六万円となる。

(3)  別居費用 一六八万七〇九六円

原告昭仁は、被告Aらの暴行ないし嫌がらせにより、精神疾患に陥り、家庭内暴力を行うようになったため、原告昭仁の両親は、原告昭仁と別居せざるを得なくなった。右別居に要した費用は、次のとおり、合計一六八万七〇九六円となる。

賃借保証金 四〇万円

仲介手数料 一〇万五〇〇〇円

家賃(但し平成九年八月二四日から平成一〇年七月末日までのもの)

一一八万二〇九六円

(4)  慰謝料 一〇〇万円

(二) 原告昭仁の損害について

(1)  入通院慰謝料 一五〇万円

(2)  慰謝料    二〇〇万円

(3)  弁護士費用  一〇〇万円

(三) なお、被告らは、後記のとおり、原告昭仁の母親が躁鬱病のため通院加療中であることから、原告昭仁も精神疾患に陥りやすい素質があり、相当因果関係がない旨主張するが、原告昭仁の母親は、一八年前、鬱病のため、一年間通院したことはあるが、現在、右症状は改善しているし、そもそも、原告昭仁は躁鬱病になったわけではなく、親が躁鬱病に罹患したことがある場合に、その子供が躁鬱病以外の精神疾患に陥りやすいということはできないのであるから、被告らの右主張は失当である。

(被告らの主張)

損害について争うとともに、本件では、以下のとおり、原告ら主張の違法行為と損害との間に相当因果関係はない。

すなわち、躁鬱病は遺伝病ではないものの、発病しやすい素質・性格が親子間で受け継がれるものであるところ、原告昭仁の母親も躁鬱病の通院加療をしていたことがあり、原告昭仁も発病しやすい素質を有していたといえる。

そして、原告昭仁の本件精神疾患は、同原告の右素質に加えて、野球部での能力不足による悩み、不安感が原因となって発病したものであり、被告Aを含む上級生からの加害行為とは無関係である。また、右加害行為と本件精神疾患に陥ったことが何らかの関係があるとしても、通常の生徒が暴行等の嫌がらせが原因で精神疾患まで陥ることは予想しがたいことであり、相当因果関係は認められない。

4  争点4(原告昭仁の本訴訴えの提起の違法性)について

(被告Aの主張)

右1(被告らの主張)記載のとおり、被告Aは、原告昭仁に対し、暴行その他の違法行為を行ったことはない。しかるに、原告昭仁は、被告Aから暴行や雑用を命ぜられ、精神疾患に陥ったなどと虚偽又は法律上理由のない主張をして本訴訴えを提起した。

したがって、原告昭仁の本件訴えの提起は、違法であり、被告Aに対して不法行為責任を負う。

(原告昭仁の主張)

原告昭仁は事実に基づいて、本訴訴えを提起したものであり、これは正当な権利の行使であって、何ら違法ではない。

5  争点5(被告Aの損害)について

(被告Aの主張)

被告Aは、原告昭仁による前項4の不当訴訟の提起により、精神的損害を被った。右精神的損害に対する慰謝料二〇〇万円及び弁護士費用一五〇万円が被告Aの被った損害である。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実等及び証拠(甲四二ないし四八、五一ないし五九、乙五ないし七、丙一ないし一〇、証人北野、同土井、同羽賀、同河田英宏、原告昭仁本人、原告弘昭本人、被告C本人、被告A本人及び弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。

1(一)  原告昭仁は、中学校在学中は、同中学校の軟式野球部に所属し、ポジションはファーストで、打順は三番又は四番であった。原告昭仁は、中学校卒業後の進路について、野球による推薦入学を希望し、当初、日高中津高校への進学を考えたが、同高校は、原告方から遠く、全寮制でもあったことから断念し、本件高校への進学を希望するようになった。

原告昭仁は、平成七年一〇月二五日、本件野球部を訪れ、被告C立会の下、個別的な実技テストを受けた。その後、原告は、同年一一月二六日、他の入学希望者と合同で行われた実技テスト(セレクション)を受け、その後、被告学園から合格通知を受け取った。

(二)  平成八年当時の本件野球部における練習時間、内容は、次のとおりであった。

(1)  一年生は入学後、野球部における練習内容や練習姿勢についてのレクチャーを受け、四月、五月はランニング、トレーニング等の基礎体力作りを中心に行い、午後四時ころから五時三〇分ころまで練習に参加した。六月ころから、上級生の打撃練習の際の守備を行うなどして午後七時ないし七時三〇分ころまで練習時間が延長され、七月ころから上級生と一緒に守備練習、打撃練習に参加した。七月ころから夏の大会が始まるため、夏休みにはレギュラー、準レギュラーメンバーは午前中に練習をし、その他の者は午後に練習をしていた。日祝日、夏休み等の休暇期間中は、盆や正月を除き、午前九時三〇分ころから午後六時ころまで練習が行われた。

(2)  早朝練習は、通常の授業のある時期に、午前六時四〇分ころから七時五〇分ころまで行われていた。一学期には、四月末から五月までは二年生及び三年生が水曜日と金曜日に、六月にはレギュラー、準レギュラーメンバー合計二五名が、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日に早朝練習を行った。第二学期以降は、野球部員の肉体的、精神的状況を勘案して適宜行われた。なお、昼休みには練習は行われなかった。

(三)  原告昭仁の本件野球部への入部当初は、特に問題はなかったが、平成八年六月ころから、練習時又は練習後に、二年生から一年生に対する暴力行為が散見され始めた。

(四)  被告Aの原告昭仁に対する暴行(以下「本件暴行」という。)

(1)  原告昭仁は、平成八年六月ころ、昼休みに更衣室において、西村から、練習態度が悪いことを理由に、腹部や顔面を殴打された後、同更衣室において被告Aから、濡れたモップで顔面や腹部を四、五回押しつけるように叩かれた。北野は、原告昭仁が被告Aからモップで押しつけられている右様子を目撃した。

(2)  原告昭仁は、同年七月ころ、被告Aに、昼休みにビニールテントに呼び出され、練習態度、殊に返事の仕方が悪いことを理由として、右テント内で、腹部を四、五回殴打され、一、二回膝で蹴られた。さらにその後、原告昭仁は、被告Aに、バックネット裏にある監督用の控え室の建物(スーパーハウス)の裏に連れて行かれ、正座させられた上、顔面を七、八回殴打され、胸部を三、四回足蹴にされた。

(五)  被告Aは、本件暴行以外にも、練習中又は練習後に、原告昭仁に対し、頬を平手で張るなどの程度の軽い暴力を振るったことがある。

(六)  被告Aの原告昭仁以外の者に対する暴行行為

(1)  被告Aは、平成八年六月ころ、更衣室において、羽賀以外の一年生を退室させた上、羽賀に対し、練習態度が悪いということを理由に、その胸部を数回足蹴にした。右暴行を受けてよろめいた羽賀は、更衣室内のロッカーに倒れかかり、右ロッカーともども、床に倒れ落ちた。原告昭仁は、更衣室から退室する際に、右の様子の一部を目撃した。

(2)  被告Aは、同年九月ころ、寮内の部屋において、野端に対して、態度が悪いということを理由に、胸部を数回蹴りつけ、その肋骨にひびを入らせるという傷害を負わせた。被告Aは、後記(二二)(1) の被告Cによる事情聴取により、右傷害行為が発覚するまで、被告Cを含めた本件高校の教師、被告A及び野端の保護者に対して、右傷害行為につき申告しなかった。

(七)  平成八年九月一一日の夕方の練習後、二年生(ただし、この中には被告Aは含まれていない。)が一年生に対して、腕立て伏せを二〇〇回行うように命令した。右命令を受けて一年生が腕立て伏せを行っていたが、土井は、途中で力尽き、腕立て伏せを継続できなくなったところ、池本が、うつ伏せになって倒れている土井の胸部や腹部を数回足蹴にした。土井は、同日、右暴行以前に、体育の授業中に、体育教師の姜教諭から、授業中不真面目な態度をなじられ、同人から十数回殴打されていた。このように、土井は、同一日に、二度も暴行を受けたことから、精神的打撃を受け、そのことも原因となり、本件高校に通う気が失せ、結局、同年九月末に本件高校を退学した。

(八)  前記(四)ないし(七)以外にも、平成八年当時、野球部の練習中または練習後に、二年生が、原告昭仁を含む一年生に対して、時として、平手で頬を張ったり、身体を蹴ったりするなどの行為を行っていた。右行為は、主に、怠慢なプレーをするなど、練習中の態度が悪いときに、その場の雰囲気を引き締めたり、部員を発憤させたりすることを目的としてなされ、傷や痣が残らないような程度の軽いものであった。羽賀を含む一部の一年生の野球部員は、右指導方法につき、その趣旨を理解して受け入れていたが、原告昭仁、北野及び土井は、嫌悪感を抱いていた。

(九)  原告昭仁に対する雑用の要請

原告昭仁は、平成八年五月か六月ころから頻繁に、被告Aやその他の二年生から頼まれて、授業の休憩時間や練習終了後などに、カップラーメン、パン、ジュースなどの買い物、食堂での昼食後の食器の返却等の後片づけ、スパイク・グローブの手入れなどの雑用を行った。なお、原告昭仁以外の一年生の野球部員も、二年生から右雑用を依頼されていたが、次第に、原告昭仁及び北野に右依頼が集中するようになった。

(一〇)  平成八年当時、本件野球部において、二年生が一年生に対して、練習中に怠慢なプレーがなされた場合等に、その場の雰囲気を引き締めるために、怒鳴りつけたり、「やる気がないなら辞めてしまえ。」などと厳しい言葉を掛けることがあった。

(一一)  被告Cは、練習中怠慢なプレーや消極的なプレーをした野球部員を口頭で注意したにもかかわらず同部員が同様のプレーを繰り返した際、しばしば、平手で同部員の頬を張ったり、脚をキャッチャーレガースの上から軽く蹴ったり、バットのヘッドグリップで頭部を叩いた。また、時として、通称「ケツバット」と呼ばれるバットで部員の臀部を叩く懲戒行為(以下「ケツバット」という。)を手加減して行ったこともある。

(一二)  本件野球部の保護者会会長の原は、平成八年当時、何度か本件野球部の練習の見学に来て、ノックを行うなどして練習にも参加した。原は、その際、エラーをした野球部員に対し、強く力を込めてケツバットを行うことがあり、原告昭仁も、ケツバットをされたことがある。被告Cは、原が野球部員に対して右行為をするのを見て、今後はしないように申し入れた。

(一三)  原告昭仁は、平成九年一月ころから、学校を休みがちとなった。そこで、原告弘昭は、平成九年一月中旬ころ、本件高校を訪れ、原告昭仁の担任である今井教諭(以下「今井」という。)と面談し、原告昭仁が野球部での悩み等のため、体調が不良である旨告げた。

(一四)  平成九年二月中旬、原告弘昭は、本件高校を訪れ、河田、竹井、今井らの各教師と、原告昭仁の不登校及び進級の問題について話し合った。その際、原告弘昭は、原告昭仁が野球部内で暴力を振るわれたり、雑用を命じられたりするため、精神的に影響が生じ、精神科に通院していることを告げるとともに、原告昭仁の二年生への進級を熱望した。

(一五)  原告昭仁は、被告学園の内規に定める進級に必要な出席日数を充たしておらず、本来なら進級することはできなかったが、被告学園は、原告弘昭が進級を熱望していること、原因はともかく原告昭仁が精神的な問題から登校できないこと、原告昭仁は二学期までの四回の定期考査のうち三回は受験しており、第三学期の見込点の算出は可能であること及びその他の教育的配慮の必要性等を総合的に判断して、原告昭仁の一年の三学期の欠席を公傷に基づく欠席(公欠)として扱い、二学年へと進級させることとした。

(一六)  原告昭仁の第二学年における退学するまでの出席日数は、授業日数一二九日中九日間であった。被告学園は、欠席中の原告昭仁に対して、レポート課題を課したが、原告昭仁は、右レポートを一度も提出しなかった。

(一七)  原告昭仁は、前記第二の一8のとおり、精神的に不安定となって、大阪労災病院の神経科及び大阪府立中宮病院で受診したが、その際、本件野球部でのしごきがつらかったことやいじめに遭ったことを訴えた。

(一八)  原告昭仁は、平成九年四月ないし五月ころから家庭内暴力を行うようになり、原告弘昭に暴力を振るったり、家具を破壊するなどの行為を行った。このため、原告弘昭、その妻及び長女は、平成九年八月末ころから、借家を借りて、原告昭仁との別居を始めた。

(一九)  原告昭仁は、平成九年一〇月三一日本件高校退学後も、しばしば、岡本と共に本件野球部のグラウンドを訪れ、野球部の練習の見学や野球部員との雑談をしたり、本件野球部の試合の観戦、応援をした。同原告は、平成一〇年四月からは単位制の高校に通学しており、最近では両親とも冷静に話をすることができるようになっている。

(二〇)  北野は、平成九年二月一八日、大阪労災病院の神経料で受診し、その際の北野の傷病名は心因反応であり、その際、問診書(甲四七)に、「平成八年夏頃から、先輩のいじめを我慢しており、平成九年になってから学校に行きたがらず、恐怖心を抱いている。」と記載した。また、北野は、平成九年一一月一一日、近畿大学医学部附属病院において、自律神経失調症と診断された。

(二一)  本件高校におけるいじめの問題に対する対応・施策

本件高校は、平成八年当時から、いじめの問題について、生徒の人権問題として重要視し、その対処として、以下の施策を採っている。

(1)  生徒に対し、学校内で問題と思われる点に気付いたときは、速やかに担任、その他の教師に報告するよう指導する。

(2)  各学級において、学級日誌を備え付け、生徒間で日替わりで担当する日直に、その日の出来事や連絡事項を記載させ、右記載から、いじめに限らず、何らかの問題となる情報が得られたときには、担任、学年主任及び生徒指導部長等の教師が事実を調査し、生徒を指導したり、保護者を呼び出し、注意を与える。

(3)  各学級において、毎週月曜日の一時間目にロングホームルームの時間を設け、生徒間で互いに人格、個性を尊重するよう指導し、いじめの防止を図っている。

(4)  各教師が、当番制で休み時間に校内を巡回し、生徒の言動を把握し、また、登校時や下校時に駅や校門において、生徒指導を行うなどして、問題行動の発見に努める。時には、電車通学者の言動を把握するため、下校時に教師が電車に乗車することもある。

(5)  寮生については、寮長、舎監、住み込みの教員が寮生の言動の把握に努め、また、教員の数名が寮生と同じ食堂で昼食を摂り、その言動に注意する。

(6)  入学式、始業式、終業式及び毎月一回開催される全校集会において、学校長が折に触れていじめ問題の重大性を説諭する。

(二二)  被告Cの本件における対応

(1)  被告Cは、平成八年九月、土井から、池本により前記(七)の暴行を受けた旨の申告を受け、その数日後、野球部の二年生と一年生をグラウンドに集めて、二年生と一年生から別々に集団で事情聴取し、一年生に対し、土井以外に二年生から暴力を受けた者の有無を確かめたところ、羽賀、北野、野端及び原告昭仁らが、それぞれ、暴力を受けたことがある旨の申出をした。そこで、被告Cは、暴力を振るった二年生を注意するとともに、暴力を振るわれた一年生と握手させて謝罪させ、今後このようなことがないように注意した。また、右申告により被告Aが野端の肋骨にひびを入らせるという傷害を負わせたことを知った被告Cは、被告Aの父親に右事情を説明し、野端の親に謝罪をさせた。そして、被告Aを含めて暴行を加えた二年生に反省文を書かせた上、一か月間ユニフォームの着用を禁じ、秋の公式戦への出場を禁止するという厳重な処分を与えた。

(2)  被告Cは、平成八年一〇月ころ、本件高校の食堂の職員から、原告昭仁が二年生から昼食の後片づけを強要されていることの報告を受けた。そこで、同被告は、右報告を受けた当日、原告昭仁に対し、右事実関係を確かめたところ、同原告は、たまに用事を言われることもあるが頻繁ではないし、他の子もやっているので何とも思っていないと答えたため、同原告に対して、今後後片づけを強要されることがあれば、明確に断るように注意し、また、自分に報告するように指示した。また、被告Cは、右当日、岡本に対して、右事実関係を確かめるとともに、今後、二年生が一年生に食事の後片づけをさせることがないようにと注意し、何かあれば、自分に報告するように指示するとともに、放課後、二年生と三年生を集合させ、自分のことは自分でするよう注意した。さらに、被告Cは、その後何度か昼食時に食堂の様子を観察に行き、又、食堂の職員に食堂での野球部員の様子を確認したところ、じゃんけんで負けた者が食器の後片づけをすることはあるが、以前のように特定の生徒に後片づけを要請している様子はないとのことであった。

(3)  被告Cは、原告昭仁が不登校がちとなったころ、原告弘昭と連絡をとったところ、不登校の理由が分からないとのことであった。そこで、被告Cは、平成九年一月一七日ころ、原告方を訪れ、原告昭仁に対し、登校を促すとともに、野球部での悩み等について尋ねたが、同原告は、これに対して明確に回答せず、同原告がその際、「自分がいると皆に迷惑がかかる。」と言っていたこと、本件野球部内での原告昭仁の技術が相対的に低かったことから、被告Cは、本件高校の野球部での練習が厳しく、ついてこられないのではないかと考えた。なお、このとき被告Cは、二年生による暴力の問題は、平成八年九月の措置により、その段階で既に解決済みになったと思っており、また原告昭仁が右措置をとった際に暴力を受けたことがある旨の申出をしたことを明確に記憶していなかったこともあって、同原告に対してはこのことを尋ねなかったし、同原告も聞かれなかったので、このときには自分から被告Cに話すことはしなかった。

(4)  被告Cは、本件野球部においても、新入生が入学する前に上級生を集め、いじめの防止に向けたミーティングを行っていた。また、被告Cは、本件野球部において、キャプテンのほか、二年生から新入生指導係を、三年生からマネージャーを選択し、右三名と練習の前後にミーティングを行い、野球部内の問題点等を報告させるなどして、野球部の状態の把握に努めていた。

(二三)  原告らは、被告らに対して、平成一〇年八月八日、内容証明郵便をもって、原告らの本訴主張の損害賠償を請求した。

2  被告らは、前記1(四)、(五)の認定に対し、被告Aは原告昭仁に対して暴行を行っていない旨主張し、被告Aの供述中にもこれに副う部分がある。

しかし、原告昭仁は、その本人尋問において、被告Aから暴行を受けた旨明言しているところ、右供述は、被告側代理人の反対尋問に際してもその大筋において動じるところがなく首尾一貫している上、その内容が具体的かつ自然であって、自ら体験したものでなければ語り得ないような迫真性に富むものであり(原告昭仁本人調書四四頁以下)、また、北野の証人尋問における被告Aが原告昭仁をモップで押しつけているのを目撃した旨の証言とも合致するものであって、その信用性は高いといえること、他方、被告Aは、その本人尋問において、野端及び羽賀に対する暴行以外には、平手で一年生を叩いたことすらない旨供述するけれども、土井及び羽賀はいずれも、その証人尋問において、前記1(六)で認定した以外にも被告Aから平手で叩くなどの暴力を受けたことがある旨一致して供述していることからしても、原告昭仁の右供述と対比して被告Aの供述は信用性が低いといわざるを得ないこと、原告昭仁は、不登校となったしばらく後の平成八年一月ないし二月ころには、原告弘昭に対し、被告Aから暴行を受けた旨を申告していること(原告弘昭)に加えて、前項1(八)認定のとおり、本件野球部においては、二年生が一年生を指導する際に暴力を伴う場合が時々あり、その中でも、被告Aは、一年生を指導する中心的な立場にあった者であり(羽賀)、前記1(六)認定のような程度の強い暴行も行っていること、原告昭仁が被告Aから一度も暴行を受けたことがないにもかかわらずあえて当時の上級生の中で被告Aのみを相手方として本件訴訟を提起する理由も見いだしがたいことからすれば、原告昭仁の前記供述に対比して、被告Aの供述を採用することはできない。

なお、原告昭仁は、その本人尋問において、前項1(四)(1) の本件暴行の際、更衣室内には原告昭仁、西村及び被告A以外の者はいなかったと供述しており、北野がその場で目撃した旨の証言とは一見矛盾するようにも思えるけれども、原告昭仁が被告Aからモップで叩かれる暴行を受けたとする各供述は概ね一致しているだけでなく、原告昭仁が右暴行を受けている際に周囲を見回す余裕がなく北野が居合わせていることを認識していなかった可能性も十分あること、原告昭仁は、北野が右暴行を目撃した旨の陳述書(甲五八)を提出しているのを認識しながら、あえて、右陳述書と異なる内容の供述をしており、その供述態度に格別不自然な点や作為的な点は見当たらず、かえって、真摯な供述態度が見受けられることからすれば、右原告昭仁と北野の供述相互の不一致をもって、前記認定を覆すことはできず、その他、全証拠によっても前記認定を覆すに足りない。

したがって、被告らの右主張は採用することができない。

二  争点1(被告Aの違法な加害行為(いじめ行為)の有無)について

1  右認定のとおり、被告Aは、原告昭仁に対し、本件暴行を加えたものであり、右行為がいわゆる「いじめ」に該当するか否かはともかく、社会的相当性を逸脱した違法な行為であるから、被告Aは、原告らが同被告の不法行為によって被った損害を賠償すべき義務を負う。もとより、高校の野球部等において上級生が下級生を指導する際、説諭・訓戒・叱責の意味を込めてある程度の有形力が行使される場合も見受けられるところであり、その多くは違法性を有することが多いとしても、右有形力の行使は指導上必要な注意喚起行為ないし覚醒行為として機能し、適切な効果が期待できる場合もあるのであるから、そのすべてが直ちに無条件に違法となるわけではなく、その程度、目的等の具体的状況に照らして、社会的相当性を逸脱しないと認められる場合などは違法性を欠き、不法行為を構成しないと解すべきであるが、本件暴行の態様は、前記一1(四)認定のとおり、濡れたモップで顔面や腹部を四、五回押しつけるように叩いたり、顔面ないし腹部を数発殴打、足蹴にするというように、程度の強い執拗でかつ精神的屈辱を与えるものである上、更衣室内や建物の裏側で密行的に行われるなど陰湿なもので、その目的も、右客観的態様から見て適切で指導的な説諭・訓戒・叱責の意味を有するものとは認めがたいことからすれば、本件暴行は社会的相当性を明らかに逸脱した違法な行為と言わざるを得ない。

2  なお、原告らは、本件暴行以外に右一1(九)認定の雑用の要請行為も不法行為に当たる旨主張する。そこで検討するに、上下関係の礼節を重んじる体育会系の部活動などにおいて、下級生が上級生の要請に応じて雑用を行うことはまま見受けられないものではなく、上級生が下級生に対して雑用を要請することは、それが自由意思によって任意に受諾され履行される限り、直ちに違法ということはできない。もっとも、要請する目的、要請される雑用の内容や要請方法、期間等に照らし、当該雑用の要請行為が社会的相当性を逸脱して被害生徒の心身に耐え難い精神的苦痛を与えるものであるような場合には、当該行為が違法と評価され得るというべきであるが、前記一1(九)認定事実を前提としても、いまだ被告Aが原告昭仁に対して買い物等の雑用を要請した行為が同原告に対する違法行為に該当するとまで評価することはできない。そして、このことは、平成八年一〇月ころ、原告昭仁が被告Cから、本件高校の食堂で二年生から昼食の後片づけを強要されていることの事実確認をされた際にも、同原告は、たまに用事を言われることもあるが頻繁ではないし、他の子もやっているので何とも思っていないと答え、右雑用の要請行為について同被告に訴え出ていないことによっても裏打ちされるし、その他、右雑用の要請行為を違法と評価すべき事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの右主張を採用することはできない。

三  争点2(被告学園及び被告Cの保護監督義務違反ないし安全配慮義務違反の有無)について

1  私立学校の教職員は、教育基本法及び学校教育法等の法令並びに在学契約の趣旨、その職務内容・性質等に鑑み、学校における教育活動のみならず、課外のクラブ活動などこれと密接に関連する生活関係について、生徒によるいじめその他の加害行為から生徒を保護すべき義務があると解され、私立学校の教職員が右保護監督義務を怠ったときは不法行為責任を負い、当該学校設置者は使用者責任による不法行為責任又は在学契約に基づく付随義務としての安全配慮義務違反による債務不履行責任を負うと解すべきである。もっとも、本件のように、心身が相当程度発育し、是非弁別もわきまえた高校生の指導に当たっては、生徒一人一人の人格と自主性を尊重する必要もあり、教師による生徒の学校生活への過度の介入は必ずしも適当とはいえず、教師としても、生徒の自律を信頼し、期待し得べき状況にあるといえるのであって、より低年齢の生徒を指導する場合と比較して保護監督義務及び安全配慮義務の程度も相対的に低いというべきである。

2  そこで、被告Cの保護監督義務違反及び被告学園の安全配慮義務違反につき検討するに、右一1(二二)認定のとおり、被告Cは、本件野球部内の状況の把握に努めていたにもかかわらず、平成八年九月ころまで、野端や羽賀などから暴行の事実についての申告がなされず、本件高校においても、右一1(二一)認定のとおり、機会を設けて学校内の状況把握に努めていたが、特に目立った暴行事件が発生しておらず(河田)、その他、本件全証拠によっても、被告Cにおいて、本件野球部内での原告昭仁に対する暴力行為及びその他の嫌がらせ行為の存在に疑いをもってしかるべき事情があったとは認められないから、原告昭仁の本件野球部入部後から平成八年九月ころの暴力行為発覚までの間の被告C及び被告学園の対応につき、保護監督義務違反及び安全配慮義務違反を認めることはできない。

また、右暴力行為発覚後の被告Cの対応について見るに、右一1(二二)認定のとおり、被告Cは、本件野球部員から上級生による暴行を受けたとの申告を受けて数日後には、二年生と一年生から別々に事情聴取を行って暴行の事実の有無を確認した上、二年生に注意を与えて被害を受けた一年生に謝罪させ、さらに、暴行を加えた二年生にユニフォームを着せず、公式試合の出場も禁止するなど、甲子園を目指して練習に取り組んでいる野球部員にとっては相当厳重な処分を与えて再発防止に努め、原告昭仁が二年生から昼食の後片づけを強要されているとの報告を受けた際にも、以後そのようなことがないよう二年生を指導し、また、原告昭仁が不登校がちになった際には、同原告から個別的に事情聴取し、さらに家庭訪問をするなどして事案の解明及び改善に努めていたものであること、本件高校及び被告Cにおいて、種々の機会を捉えて学校内及び本件野球部内の状況の把握に努めていたところ、右一1(六)、(七)認定の暴行以外には特に目立った暴行事件は発覚していなかったこと、右発覚した暴行も、肋骨にひびを入らせたもの以外は比較的程度が低く、偶発的なものであり、集団的、連続的に行われたものではなく、本件野球部内で一部の生徒に対する集中的な暴力行為の危険性が切迫していた状況にあったとは認められないことをも総合すれば、被告Cとしては、原告昭仁を含む本件野球部員の安全保護のために、当時予見可能な範囲内でなし得る相当な措置を講じたものと評価することができる。

なお、右一1(二)認定のとおり、被告C自身、本件野球部員に対して、手加減しているとはいえケツバット等の有形力の行使を伴う懲戒行為(いわゆる体罰)を行っていたことが認められるけれども(もっとも、原告に対しては行っていない。)、右のような行為の教育面における当否はともかく、本件全証拠によっても、被告Cの右行為が被告Aによる本件暴行を惹起せしめたとまでは認めることはできないから、被告Cが本件野球部員の指導に際し体罰を行ったことがあったからといって直ちに、被告Aの原告昭仁に対する本件暴行につき被告Cに保護監督義務違反ないし安全配慮義務違反があったということはできない。

3  したがって、被告C及び被告学園に保護監督義務違反及び安全配慮義務違反は認められず、被告C及び被告学園に不法行為及び債務不履行は成立しない。

四  争点3(損害等)について

1  原告弘昭の損害

(一) 治療費、付添費用及び別居費用について

原告昭仁が、被告Aから前記一1(四)、(五)認定の暴行やそれよりも程度の軽い暴行を受け、また二年生からのその他の有形力の行使を受け(前記一1(八))、その他被告Aら二年生から雑用を命じられたことなどが相俟って、原告昭仁は次第に精神的に不安定となり、平成九年一月ころから不登校となり、同年一〇月三一日をもって本件高校を退学したものであるが、この間、平成八年一一月一日から大阪労災病院内科、同年一二月二〇日から平成九年六月まで同病院神経科、同年七月から平成一〇年一月ころまで大阪府立中宮病院などで受診し、原告弘昭がこの間の治療費として、一四万一六六二円を支払ったことが認められ、また、この間の通院付添費用としては通常であれば三〇〇〇円×三八日=一一万四〇〇〇円を相当と認める(甲一ないし三八)。

ところが、原告昭仁においては、その母に躁鬱病の既往歴があり(甲四四の一九頁)、原告昭仁も通院していた大阪労災病院において複数の医師から、「精神神経症、抑うつ」、「うつ病」などと診断されており(甲四三、四四)、少なくとも原告昭仁が精神疾患(ノイローゼ状態)に罹患し長期間医療機関での治療を必要としたのは、その気質や心身の発達程度が多分に影響していると推認されること、被告Aによる本件暴行もその程度は必ずしも激しいものではなく、被告A及びそれ以外の二年生からの有形力の行使も比較的程度が軽いものが多かったし、被告Aら二年生からの雑用の要請は違法とは認められないこと、本件野球部は練習内容も厳しく、体育科の生徒には練習について来られず退学する者もおり(乙五)、原告昭仁の野球に関する能力も他の野球部員と比較して不十分であったので(被告C本人)、原告昭仁が体力的、技術的に本件野球部の練習に十分付いてこられなかったり、その雰囲気になじめなかったことも右精神疾患の原因と考えられること等を総合判断すれば、被告Aの不法行為と相当因果関係のある治療費及び通院付添費用としては、一二万円をもって相当と認める。

次に原告らは、別居費用として一六八万七〇九六円が必要であったと主張するが、医学的見地から見て右費用が真に必要であったかについては、これを認めるに足りる客観的な証拠が存しない上、相当因果関係の見地からも、被告Aとしても右別居費用までも予見可能であったとは考えられないことや右治療費及び通院付添費用につき判示したことなどを考えると、右別居費用については、相当因果関係の範囲内とは認めがたい。

(二) 慰謝料について

不法行為により身体を害された者の父母は、その者が生命を害された場合に比肩すべき精神上の苦痛を受けたときに自己の権利として慰謝料を請求しうると解すべき(民法七〇九条、七一〇条)ところ、本件では、原告昭仁が受けた暴行の程度は、右判示のとおり、特に激しいものとまで認められず、原告弘昭が生命侵害に比肩すべき精神上の苦痛を受けたとは到底認めることができない。

また、原告らは、原告弘昭が原告昭仁の家庭内暴力や別居等により、心労が生じるなどの精神的苦痛を受けた旨主張するけれども、被告Aの本件暴行の直接の被害者は原告昭仁であり、原告昭仁において慰謝料が認容され、また原告弘昭において治療費及び通院付添費用が認容されれば、その他に原告弘昭自身の慰謝料を認める必要性は存しないと思料される。

2  原告昭仁の損害

原告昭仁は、被告Aから本件暴行を受け、これが不登校及び精神疾患の原因の一つとなったが、他方、右不登校及び精神疾患がその他様々な要因により発生したものであることは、前記判示のとおりである。右に加え、本件暴行の態様、程度、本件暴行に至る経緯等、本件における諸般の事情を総合すると、被告Aの不法行為(本件暴行)による原告昭仁の精神的苦痛に対する慰謝料は、入通院慰謝料を含めて六〇万円をもって相当とする。

そして、本件訴訟の事案の難易、訴訟物の価額、認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、被告Aの不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、六万円をもって相当と判断する。

五  争点4(原告昭仁の本件訴えの提起の違法性)について

訴えの提起が違法となるのは、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解すべきである(最高裁昭和六〇年(オ)第一二二号同六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁参照)ところ、本件では、右二、四のとおり、原告昭仁の被告Aに対する本訴請求は一部理由があり、その主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものということはできないから、原告昭仁の本訴の提起に違法性は認められない。

六  以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告Aに対し、不法行為に基づく損害賠償として原告昭仁は金六六万円、原告弘昭は金一二万円とこれらに対する不法行為の後である平成一〇年八月九日(損害賠償の支払いを請求した日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を認める限度で理由があり、被告Aに対するその余の請求、被告C及び被告学園に対する請求並びに被告Aの反訴請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 増森珠美 裁判官 加藤陽)

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